東京地方裁判所 昭和43年(ワ)4390号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕そうすると、原告は被告井上に対し本件建物を贈与することを約したことが明らかであるが、右契約はいわゆる妾関係の維持継続を目的としたものであつて、民法第九〇条により、公の秩序善良の風俗に反する無効のものといわざるをえない。よつて法律上の効力を生ずるに由なきものである。
しかしながら、前認定のごとく、原告は右停止条件付贈与契約にもとづき被告井上に本件建物をすでに引渡しているばかりでなく、<証拠>によれば、原告は昭和三九年三月四日頃訴外日本橋信用金庫から同金庫が本件建物の上に有する代物弁済予約契約上の地位をその被担保債権とともに譲り受けたうえ、右金庫の有していた所有権移転請求権保全の仮登記につき、原告には権利移転の登記手続をなさないで、同月一〇日右信用金庫から直接被告井上に権利が移転した旨の附記登記をなしたことが認められ、これはいわゆる中間省略の方法によつたものであり、これによれば、原告が将来被告笹沼の債務不履行により本件建物の所有権を取得するに至つた場合にも、所有権移転登記は中間省略の方法により笹沼から被告井上に移転させることを予め予定していたものと推測される。これらの行為が原告のなした前記贈与契約の履行としてなされたものであることは本件弁論の趣全旨に徴し自ら明らかである。
そうすると、原告のなした本件建物の引渡は民法七〇八条にいわゆる不法原因給付に当り、原告は被告井上の取得した占有利益に相当する賃料相当額を不当利得として請求することのできないことはもちろん、給付した物自体の回復をはかることも許されないというべきである。尤も一説によると、民法七〇八条は所有権にもとづく返還請求には適用がないというのであるが、同条はみずから社会的妥当性を欠く不法な行為をした者に対してその行為の結果の復旧を訴求することを許さない趣旨を規定したものであるから、一旦不法原因にもとづき物の引渡がなされた後に贈与者が不当利得を理由としては返還請求できないが、所有権その他の理由によればできるというのでは、法の目的は到底貫徹するを得ない。同条の意義の大半が失われることになろう。したがつて、返還請求が所有権を根拠としているというだけで形式的概念的に七〇八条の適用が問題となりえないとしてしまうのは不当である。また、一説によると、民法七〇八条の適用について、物それ自体の給付があつたというためには不動産については登記の移転がなければならないという。これは贈与者の債務の履行が未了の場合は給付本来の目的を達するために更に受領者側で法の助力に訴えねばならないから、かえつて不法の契約による債務の履行を強制する結果になるなどといつた配慮から、このような場合は贈与者に取戻を認むべきことがかえつて合目的的であるという考慮に出たものである。なるほど不動産の贈与の場合に登記名義がなお贈与者の側にあるという場合、取引の安全その他右の如き配慮からして受領者の側にその物を留めるよりも、贈与者に取戻を認める方が合目的的だという場合があるであろう。しかしそのすべての場合に取戻を認める方が合目的的だというのはあたらないから、一律に登記のみを標準として去就を決するというのは相当でない。本件でも原告は被告井上に本件建物の所有権を取得させるための当時なしうるすべての行為を完了したといえるのであつて、被告井上が所有権移転の本登記を経ていないその一事をもつて、原告に取戻を認めることが合目的的であるとは、本件全証拠によるもどうしても思えないのである。
(海老沢美弘)